東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)59号 判決
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〔判決要旨〕「メリヤス編成機」を発明の名称とする特許発明であつても、公知のメリヤス編成機における特殊な「カム構造」を対象としたものであり、しかもカムの重さ、ハンドルの支持部の抵抗力の大きさ、バネの強力等が適正に設計されているときには、明細書の記載どおり作動するものと認められるときは、実施に必要な事項の記載に欠くもの、あるいは実施不可能として無効とすることはできない。
〔事実〕
第二 請求の原因
一、被告らは昭和二十一年十二月二十六日出願、昭和二十三年十二月十一日登録にかかる特許第一七七、一〇五号「メリヤス編成機」(以下本件特許という。)の権利者であり、原告は昭和二十八年七月九日被告らを被請求人として右特許の無効審判の請求をしたが(昭和二十八年審判第二四六号事件)、審判官は、原告は本件特許について無効審判を請求する利益がないとして、原告の請求を却下する旨の審決をした。原告は昭和二十九年三月二十五日右審決に対し抗告審判を請求したところ(昭和二十九年抗告審判第六八八号事件)、抗告審判官は昭和三十二年十月十五日、右利害関係の有無については原告の主張を認め、原審決を取り消したが、無効事由の主張については原告の申立は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同年十一月三日原告に送達された。<以下略>
〔判決理由〕
一 原告主張の請求原因一及び二の各事実は、当事者間に争いがない。
二(一) 原告は審決を取り消すべき理由の(一)として、本件特許発明は「メリヤス編成機」そのものを特許の対象とするものであるのに、明細書及び図面には、メリヤス編成機として必要な事項を記載せずその実施を不能ならしめるもので、旧特許法第五十七条第一項第三号に該当すると主張する。
その成立に争いのない甲第四号証を見るに、本件特許発明明細書は、「発明の名称」を「メリヤス編成機」とし、その図面第一図にはメリヤス編成機の要部を示した平面図が記載されている。しかしながら、その「特許請求の範囲」の項には、「編針を配列せる台板上の軌条を滑走するカム支持板の裏面に、中央定置カム及びこれと相対する一対の可動カムを設け、該可動カムを支持板の導孔を通して前後に摺動自在なる如く設けたる案内片に夫々支持せしむると共に、これら案内片を支持板上において左右に摺動自在に設置した把手の脚端部に係接することにより、把手の摺動に伴い、その前後位置の切換えを行い得べく構成し、この把手の足部を誘導する各承金をして前後位置を調節し得る如く螺子をもつて支持板に緊締したことを特徴とするメリヤス編成機」と記載し、「発明の詳細なる説明」の項の冒頭には、「本発明は台板上に定架せる軌条に沿い、カム支持板を左右に滑走せしむるとき、これに装置せるカムをもつて台板上に配列せる編針を進退せしめてメリヤスの編成を行うべく構成したるメリヤス編成機におけるカムの切換装置の部分を発明の要旨とするものなり。」と記載し、次いで次項(二)において認定するようなカムの切換え及び調整に関する記載に始終していることを認めることができ、これによれば、本件特許発明はメリヤス編成機全体を対象とするものではなく、「発明の詳細な説明」の冒頭に掲げた「台板上に定架せる軌道に沿い、……メリヤスの編成を行うべく構成した」公知のメリヤス編成機における特殊な「カム構造」を対象したものであることは明白であるから、本件発明が「メリヤス編成機」そのものを対象としたことを前提として、本件特許発明明細書及び図面が、その実施に必要な事項の記載を欠くことを理由とする原告の主張は取ることができない。
(二) 本件特許発明の要旨がメリヤス編成機における「カム構造」にあることは前述のとおりであるが、原告は明細書に記載されたいわゆる「切換装置」の構想は経験則及び実験則を無視した初心者の空想であつて、実施不可能のものであることを審決を取り消すべき理由の(二)として主張する。
そこで本件特許明細書(甲第四号証)の記載により、本件特許発明の実施の態様を見るに、その構造は、別紙図面において「1はカム支持板にして、該支持板はその下部四隅に突設したる滑靴2を台板3に定架せる前後一対の軌条4に夫々滑合し左右方向に自由に滑走し得る如く保つ。566′は第三図に示す如く支持板1の裏面に設けたカムにして、これらの間におけるカラ路aに台板3上に配列せる編針7の突片8を誘い込むことにより、支持板1の横動に伴い編針7を進退せしむ。その中央の三角カム5は支持板1に定設し、又左右のカム66′は該支持板に形成せる導孔99′に沿い前後に移動する如く構成し、これら可動カム66′は各導孔99′を通し支持板1の上面における各案内片1010′に支持せられ、又この案内片は夫々これに付設したバネ1111′により手前側に押出すようにする。12は支持板1上に載設した鉉形の把手にして、その両足部1313′は調節承金1414′により左右方向に摺動し得るよう保持せられ、その脚端部1515′は前記案内片1010′の先端における彎曲誘導縁1616′と係接し、もつてその摺動によりこれら案内片1010′の進退を司掌する。上記承金1414′は第四図に示す如くその前後両端に緊締螺子1717′の通ずる部分に溝孔1818′を形成することにより、支持板1に対してその位置を前後に調節し得るようにし、もつて案内片1010′と合着せる可動カム66′の位置を調整すべく」となつており、この構造に基く作用効果については、「第一図に示す状態において支持板1を左行せしむれば、その可動カム66′の位置は第三図の如くなるをもつて、定置カム5により進出されたる編針7は後退せる右方の可動カム6′により後退せられる。又カム66′をこのままの関係において、支持板1を反対に右行せしむるとせば、今度は前進せる左方の可動カム6が編針7を後退せしむる作用をなす。以上二つの場合における編針7の後退程度は後退位置にあるカムにより司掌せらるる場合の方が、前進位置のカムによる場合よりも大なるをもつて編目は大きく、後の場合には編目はこれよりも小なり、従つて可動カム66′の前後位置を切換えることにより随時編目の大小を変化せしめることを得、又同一の編目で連続して編成を行わんとするには、支持板の一横行程毎に把手12を該支持板に対し摺動せしめて可動カムの切換えを行う。すなわち第一図においてこれが左行程を終らば把手12を右方に移動することにより、案内片10を退去せしむるとともに、右方の案内片10′を進出せしむれば可なり、斯くするときは今迄後退位置を占める可動カム6′は前進すると同時に前進位置のカム6は後退するため、次の右行程における編針の働作関係に変化を与えることなきものとす。なお、承金1414′は前後に調節し、これにより把手12の前後位置を調整すれば、これと係接する案内片1010′の前後位置も変り、従つて可動カム66′の前進及び後退位置が変化するため、編目の大小を変化せしむるに当り、目の寸度を所望の如く調節し得るものとす。」と記載されている。原告は右の構造はメリヤス手編機として実施不可能であると主張し、証人脇本千恵子及び同高田巧も原告の右主張と一致するような証言をしている。しかしながら証人市川一男の証言によれば、右明細書に記載されたところは、機械的に見て実施可能であり、明細書に記載する作用効果を挙げるものであることが認められ、これに反する前記脇本千恵子及び同高田巧の証言は当裁判所これを採用しない。
もつとも弁論の全趣旨により、原告が右明細書の記載に基いて作成したと認められる検甲第二号が必ずしも明細書記載のとおりの作動をせず、また本件発明のカム構造を装置したメリヤス編成機に実際に編糸を供して編物を編成するにあたり、カム切換に要する力量が支持板の摺動に要する力量より大きくなり、ときとして、支持板の摺動がカム切換運動に先行する可能性のあることは、必ずしも被告代理人の否定しないところである。
しかしながら前記証人市川一男の証言によれば、検甲第二号が必ずしも明細書の記載どおり作動しないのは、右試作機の精度の不完全さ、バネの張力等の関係もあり、また支持板の摺動がカム切換運動に先行するのも、カムの重さ、ハンドルの支持部の抵抗力の大きさ、バネの張力等が適正に設計されていないことに基因するものと認められ、これも機械製作上解決できる設計上の問題である。仮に、編成する糸の太さや、設計上の原因により、カム切換運動に先行して支持板の摺動が行われるような虞れがある場合には、単に手で支持板を抑止さえすれば十分に切換運動を支持板の摺動に先行させることができるから、特別にブレーキ装置を施さなければ、本件特許発明を実施不可能としなければならないわけのものではない。従つて、右をもつて、本件発明を実施不可能と断ずる資料とはならないものであることが認められ、他に右原告の主張を肯認せしめるに足りる証拠はない。
(三) 原告は旧特許法第一条に関する審決の判断を非難し、原告が引用例を援用したのは本件特許発明の新規性の有無を云々したのではなく、それが実施不可能なもので、同条のいう「工業的発明」に当らないことを主張したものであるという。
もしそうであるならば、該主張が採用することができないのは、すでに前項において判断したとおりであつて、よし審決が原告の主張を誤り、本件発明の新規性の有無について判示したとしても、それはただ不必要な事項を付け加えたに過ぎず、これをもつて審決取消の理由となすには当らない。
(四) 最後に原告は本件特許は被告宮下太郎が訴外桶田喜代治の発明を冒認して受けたものであるから旧特許法第五十七条第一項第二号に該当し無効とすべきものであると主張するが、該事実に審判及び抗告審判において全然主張せられず、審決は従つてこれに対する判断を示すに由なかつたものであるから、その点において審決の当否を論ずることはできない。(原増司 影山勇 荒木秀一)